Never lasting lie
独りよがりな日記とKey系創作小説メインでゆっくりしたいあなたへ
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「硬貨立て」
リトルバスターズ! / ほのぼの [ 16300 byte ]
わかりやすいネタバレはありません



正式な名前はわかりません(そもそも正式な名前があるのかすらわかりませんが)。
どうしようもなく暇で、目の前にコインがあれば、人はそれを立てずにはいられなくなるというアレです。中毒的な何かがあります。
画面の前の暇な方は、お手元に硬貨をご用意してください。
読んでいる内に無意識に立てたくなってきたら、あなたも立派な硬貨立ての同志だ!
・・・あ、平坦な板のようなもの(通常テーブルがあれば無問題!)もお忘れなく。いくら凹凸がないからってまな板でやろうとすると怒られますよ!


.
※注意
この作品にはゲーム「リトルバスターズ!」に関するネタバレが含まれている可能性があります。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 がみがみしていて非常に五月蠅い。僕は音の発生源を突き止めるべく両腕を布団から出
した。がちゃっと言う音があり、固定電話の受話器のような固形物を探り当てた。という
か固定電話の受話器そのものだった。手繰り寄せ、耳に当てる。あぃ、もぃもぃ、なおえ
れふ。
「あー、直枝君だね?」
 一瞬で飛び起きた。上司の声だった。
「し、失礼しました! 直枝です!」
 寝惚け眼を全速力で擦りながら時計を探す。あった。まだ6時20分、仕事には余裕で
間に合う時間だ。セーフ。
「あー、うん、君の声は特徴的だからねぇ。一発でわかったよ」
 人が気にしていることだっていうのに、よくもばっさり言っちゃってくれるよね、この
オッサンは。
「それでさぁ、唐突なんだけどねぇ、直枝君。単刀直入に言うと、今日は君、来なくて良
 いからね」
「はい?」
「最近どうも不況だからねぇ。ほら、日本の経済がさぁ」
「はあ」
 曰く、日本国の社会情勢(簡単に言えば「不況」)の煽りを受け、日本国内に活動拠点
を置く(そもそも海外進出などしていないし、できるとも思えない)我が仕事先も経済状
況が芳しくないのである。そんなようなことを、上司はたどたどしく語った。大人の事情
と言い換えておけばごまかせるとでも思ったのだろうか。残念、実は僕も大人なのだ。素
直に人件費が払えないとでも言っておけ。
「わかりました。では今日は休養日とさせていただきますね」
 やたらと大きな切り口で会話を展開してきたくせに、言ってることは大したことじゃな
いのが手に取るようにわかる。そもそも今の国の現状をわかってて喋っているとは、到底
思えなかった。因みに僕はこいつよりもっとわかってないだろうけどさ。
「すまないねぇ。明日からはいつも通り頼むよ」
 がちゃっと大きな音を立てて、短い通話は終了した。働き手を切った分、向こうは忙し
くしているだろうが、切られた僕が知ったことではない。あーあ、暇になっちゃったよ。
「ふわぁ……」
 眠い。寝直そう。布団を被り直していざ寝ようとした時、隣で寝息を立てている少女が
目に入った。あれだけ騒がしかった電話の音を耳にして尚、起きる気配が全くない。どう
なっちゃってるんだ、この子の耳は。飾り物か? まあいいか、僕には関係のない話だ。
おやすみ。
「ちょー! なんで私のことはスルーするのデスか!」
 ……ああ、なんかもぞもぞすると思ったら、こいつ息してたのか。
「おやすみ」
「こらー! 待たぬかー!」
 ゆさゆさ、ゆさゆさ。まるで寄せては返す波のように揺すられている。心地好い揺れ具
合だ。
「そんなわけあるか。船酔いしそうの間違いだ」
「もー! やっとお目覚めデスか!? 理樹くん」
 なんだ、葉留佳さんいたの? 全然気付かなかった。おやすみ。
「だから私だけスルーするのはやめてーーーーー!!」
 ああもう五月蠅いな! 朝っぱらから何なんだこの女! 眠れないじゃないか!
 布団に潜って逃避しようかと思ったら、今度は反対側から怨嗟の波動(或いは魑魅魍魎
の脈動)を感じるのですが、これは悪夢か何かでしょうか。
「なんだかとっても賑やかな朝ねぇ……」
 葉留佳さんの絶叫に目を覚ました鬼が、この後どのような行動を取ったのかについて、
僕は話す権限を持っていないし、そもそも語りたくない。

 葉留佳さんは、脳天に大きなたんこぶを拵えて仕事に出た。あんな人間を雇うだけの余
裕がある企業がこの国に存在している事実に、僕は今でも驚きを隠せないでいる。しかし
隠していないと我が家に住まう鬼が怖いので、僕は驚きの上手な隠し方を欲しているのだ
が、依然としてその方法はわからないままだ。ポーカーフェイスが上手でないと世間を上
手く渡っていけないという社会的教訓を得た代償として、僕は葉留佳さんのよりも一回り
は大きなたんこぶを拵える羽目になるのだが、それはまた別の機会にでもゆるりと語りた
いと思う。「何でもかんでももらえるものはもらうみたいなスタンスでいると、いつかこ
ういう痛い目を見る」という、無理矢理好意的に解釈した結果得られた暴力的な教訓を胸
に、僕は強く生きようと改めて思った。
 件の鬼は、今は洗濯物を干し終わり、テレビを見ながらくつろいでおられる。僕に背を
向けるだなんて大した度胸だなぐへへ。そう思っていた時期が、僕にもありました。一応。
 テレビが垂れ流しているのは、朝の情報バラエティー的な番組だ。分類学(ここでいう
「分類学」とは一般的に認知されている分類学とは異なり、ただ単純にどのような視点に
よって、或いはどのような物差しを用いて物事を分類整理するかという、それだけのこと
をまるでひとつの立派な学問であるかのように大仰に考えただけのものである)に明るく
ない僕が私見でカテゴライズするのも恐縮な話だが、テレビ局が銘打っている「報道」だ
とか「ニュース」だとかというジャンルの番組は、そのほとんどが大概にしてただのバラ
エティーに成り下がっているとしか思えない。そんな番組を、しかし彼女は毎日視聴する
ことを日課にしていた。情報を仕入れるためには、例え質が悪くても、テレビをつけるか、
新聞を買うか、インターネットを敷くかしなければならないため、その中から彼女が敢え
て選び取ったこのテレビ(もしくは特定の番組)を、僕はあまり強く否定する気にはなれ
なかったのだが。
 そうしてアナウンサーからの快眠電波を避けるでもなく受信しながら、僕は暇を持て余
していた。テレビに映されている幾多の情報は、今この時を精一杯生きるだけでしかない
僕には必要そうな情報には感じられなかったし、かといってテレビを見ている彼女を引き
剥がすのも躊躇われたのだ。寝っ転がって時が過ぎるのを待つことも飽きてしまったし。
ごろごろ、ごろごろ。背中が何か固いものにぶち当たって、僕は回転運動をやめた。億劫
に手を動かすと、手先には硬い革の感触。僕の財布だった。
 この家の食い扶持の多くは僕が稼いでいる。葉留佳さんは専ら遊びに使う金を得る程度
の仕事しかしていないため、彼女が家に入れてくれる金額は雀の涙も枯れるくらいだ。而
してこの財布は僕のものだけど、この中に詰まったお金はほとんど家のお金ということに
なる。でもさ、これだけ稼いだのは僕なんだし、ちょっとくらい拝借させてもらってもい
いよね。僕は誰にともなく弁明しながらそっと財布に手を掛けた。
 ひっくり返して出てきた硬貨は、1円玉が18枚、5円玉が4枚、10円玉が37枚、
50円玉が3枚、100円玉が5枚。500円玉は見当たらなかった。こんな雑なお金の
使い方があるかよ。僕は嘆息した。
「あなたも随分とお金を粗末に扱っているみたいだけれど?」
 いつの間にか佳奈多さんが振り返っていた。それもそうか、人はお金の音がしたら振り
返らずにはいられない。なんと醜くて惨めな生き物だろう。
「誰が醜くて惨めよ」
「佳奈多さんのことじゃないよ」
 もう一度財布をひっくり返したが、やはりそれしか残っていないようだった。何度か振
ってみても、何も降ってこない。僕は絶望した。
「まだ1000円札が残っていたはずよ」
 視線も身体もすっかりテレビへと戻した佳奈多さん曰く、この間買い出しに行った時に
はまだあったはずだということらしい。そんなわけあるか。僕は財布を覗き込んだ。いた。
案外すぐ近くに潜んでおられた。僕が手で押さえていただけだった。
「…………」
 生存が確認されたのは英世だけだった。英世が二人、紙幣の中で幽かに微笑んでいるだ
けだった。僕は感涙に噎ぶしかなかった。世界はこんなにも平和だった。
「それで、そのぶちまけたお金はどうするつもりかしら」
 目はテレビに向いているはずなのに、その声にはまるで射竦めるかのような棘が感じら
れた。
「別にどうもしないよ」
 僕は金額別に分けた小銭の群れに目を向けた。これを財布に戻すのは言うまでもなく簡
単だ。しかし今ここで暇潰しの金銭を失うのは、あまりに口惜しい。この絶好の好機を見
過ごすなんてとんでもないじゃないか。僕は小銭をじゃらじゃらさせながら、この金欠状
態で上手く遊ぶ方法を考えた。あまりに高い買い物は論外として、百均程度なら家計にも
響かないだろう。問題は何を買うか、だ。何を買えば効果的かつ長期的に遊べるだろうか。
無難な線を挙げれば、ボードゲームやトランプなどだろうか。そこで意表を突く何かが欲
しいところだが――
 はっとして、僕は徐に10円玉を手に取った。選り好みも何もない。ただ目に入っただ
けの、直感と呼ぶにも憚られるような雑多な内の一枚だ。僕は周りに視線を走らせた。今
この周辺で一番安定している場所は、どう考えてもこのテーブルの上だろう。僕は10円
玉が縦になるように軽く持ち直し、そのまま慎重に立てた。
「…………」
 安い緊張だ。10円玉は数秒足らずで呆気なく机に直立した。ひとつでは物足りない。
周囲に邪魔するものがなくて簡単すぎるからだ。それならばと、立てた10円玉の直近に
もうひとつ10円玉を立ててみることにする。次に手に取ったのは、輝きが失われかけて
いる十八年産の一枚だ。軽く持ち直し、深く息を吐いた。
 指が震えた。この振れ幅が隣接する10円玉となす幅に届いた瞬間、立てた10円玉は
脆くも崩れ去ることだろう。指先を見つめ、テーブルを見つめ、10円玉を見つめ、頃合
いを見定めた後、僕はゆっくりと10円玉から手を離した。
「…………」
 10円玉は綺麗に並立した。しかしまだ二つしか並んでいない。勝負はこれからだ。一
息ついた時、今まで忘れていたテレビの音が耳に入ってきた。それはどこか遠くの街で起
きた事件の様子を垂れ流すものだった。誰々が死に、誰々が逮捕されるという、毎日のよ
うに取り沙汰されては消えていく、あまり意味を持たない情報だった。僕はその興味を持
つに至らない放送から意識を切り離し、たくさん余っている10円玉に目を向けた。たか
が小銭とは言え、10円玉にもひとつひとつに顔があり、個性がある。何も考えずとも容
易に立てられるものもあれば、どれだけの集中力を注ぎ込もうともなかなか立たないもの
もある。硬貨選びは慎重に行わなければならない。
 今回僕が掴み取ったのは、まだ製造されて間もない新しい硬貨だ。傷がほとんどなく、
角も取れていない逸材である。早速置きやすいようにさっと持ち替えて、並立する10円
玉の傍へと近づけた。
 慎重に硬貨を動かしていく。数秒の微動の後、震える指が硬い感触を伝えた。それと同
時に鼓膜にはこつんという小さな音。テーブルと硬貨が接触した音だ。それを聞き届けた
ら、今度は集中しながらバランスの取れる点を探す。そうしてふと、ふわりとした感触に
到達した。それは手に掛かっていた重力が全て消失し、硬貨が自立するためのバランスが
確立したことを示す瞬間である。
 今だ! そっと手を離した。刹那、10円玉が蛍光灯の光を反射し、煌めいて見えた。
しまっ――
 じゃらじゃらじゃら。遅かった。10円玉の列は轟音を立てて瓦解した。まさかこの僕
が不覚を取るとは……。
「さっきから何やってるのよ」
 振り返った佳奈多さんは、僕の目の前に広がる惨状を見て、そして僕の顔を見て、こう
言い放った。
「あなた、馬鹿じゃないの?」
 誰が馬鹿だって? 失礼な。僕はいかに暇を潰すかについて考えていただけだ。
「はぁ……」
 溜息までつきやがったよこのアマ。何も知らないくせに! アルティメットファック!
「ちょっと貸しなさい」
 佳奈多さんは何を思ったのか、先程まで僕が持っていた例の輝く10円玉を拾い上げ、
まじまじと観察し始めた。その内手でぺたぺたと触り始める始末だ。や、やめろ! それ
はまだキラキラ光るくらい新しい10円玉なんだぞ! みだりに触って手垢をつけるのは
やめるんだ! 穢れてしまう!
「こんな10円玉じゃ立つわけないでしょ」
 祈りが通じたのか、佳奈多さんは10円玉を僕に向かって放った。それが僕の眉間に猛
スピードで直撃さえしなければ、僕はもう少し喜んだのだけど。いやそれよりも、佳奈多
さんが言い放った言葉の方が問題だ。だってそんなわけないだろ、僕はさっきこいつをち
ゃんと見てから選んだんだ。僕の目に狂いなんてあるわけない。ほら――
「…………」
 一瞬見ただけで戦慄が走った。よく見ずともわかる。この一箇所だけ丸まってしまった
10円玉の凄惨な姿が!
 僕は佳奈多さんを白い眼で見ながら、吐き捨てるように言い放った。
「佳奈多さん、その怪力は別のところで役立てて――ちょ! 痛い痛い!」
 こら! 10円玉を人に向かって投げつける奴があるか! 枚数だけは無駄にあるから
痛いんだって!
「下地が整ってないくせに事を始めるからこうなるのよ」
 はい、すいません。

 テレビを消した佳奈多さんは、まさしく硬貨立ての鬼だった。そうとしか形容できない
くらい禍々しいオーラを放ち、顔は真剣、口は真一文字に結ばれ、目元には幽かな小皺が
目立っていた。
「誰が妖怪皺くちゃババアですって?」
「誰もそんなこと言ってないから」
 顔が笑ってないですって!
 そんなこんなの擦った揉んだがあり(僕の口から述べるのは憚らせていただきたい)、
佳奈多さんがこの硬貨立てデスマッチに正式参加することになった。
「語尾についた『デスマッチ』って何かしら」
「何でもございませんよマダム」
 僕は冷や汗を流しながらそう答えた。だから顔が笑ってないんだって! 笑顔だよ笑顔!
 それにしても、大分状況が混乱してきた。元々これは僕が暇潰しをしたいがために始め
たゲームに過ぎないものなのに、何故佳奈多さんが参戦するのか。
「あなたがあまりにも頼りなさ過ぎるからよ」
 はいはい、そうでございますか。溜息すら出ないってこういう心境のことを言うのか。
僕はまたひとつ成長した。
「じゃあ始めさせてもらうわ」
 どうぞお好きなタイミングで。僕は佳奈多さんの一挙手一投足を見逃さないように注視
することにした。彼女はまず眉を2ミリくらい顰め、瞼を1ミリほど開いた。右手の人差
し指がぴくぴくと痙攣するかのように二度蠢き(振れ幅は0.5ミリといったところか)、
今度はこめかみの辺りでも同じような現象が――
 目があった。
「言い訳があるのなら聞いてあげないこともないわ」
「ありません」
 殴られた。

 再開しよう。佳奈多さんは僕が始めに選び取った10円玉と似通ったものを選択した。
僕もその判断は間違っていないと思う。あれは初心者にも優しい親切設計な10円玉だっ
たはずだ。しかし彼女は一切の気を抜かず、鬼のような形相で始めの一枚を立てた。硬貨
は音も無くテーブルに乗り、少しもぶれることなく直立状態を維持した。ここまでは想定
内だ。
「あなたの予定なんて聞いてないわ」
 次に彼女が選んだのは、僕が三枚目に選んだものとは大きく違っていた。完全に輝きが
失われ黄土色に変色した、酷使された成れの果てのような美しくない10円玉だ。僕はあ
れを手に取っていないから正確なことはわからないが、多分難易度は余計に高くなっただ
ろう。しかしあの佳奈多さんが、自らそんなことをするのだろうか。僕はそうとは思えな
い。
 彼女はゆったりと10円玉を持ち替えた。まるで見せつけるかのような動作に、しかし
僕は挑発と見なして怒り出すこともなく、あくまで冷静だった。突き出された10円玉を
見て確信する。古臭くて一見すると危険牌にしか見えないこの小銭は、実は角も取れてい
ないし、へこみやざらつきもほとんどない。素人目にもかなり秀逸な一枚だった。僕は佳
奈多さんに対する見方を変えた。
 硬貨立ての真髄は、細かく指を動かしたり重心を見定めたりする集中力だけではない。
幾分か用意した硬貨の内、どれを立てるのか見極めることにこそ、このゲームの面白さが
あると僕は思っている。硬貨の特徴を知り、それに見合った立て方や配置を考え、知略を
巡らせながら小さな動作に集中し、時には大胆な発想によって硬貨を立てていくのがこの
ゲームの真骨頂だ。
 佳奈多さんは深く大きく息を吐き出し、また硬貨を持ち替えた。慎重を期すにしても、
まだ二枚目だ。集中力を少しでも長く持続させるためにも、この程度の関門で本気を出す
べきではないだろうに。やはり経験の差はこういう箇所で出るのだろうか。僕は固唾を呑
んで見守り続ける。
 佳奈多さんの指は不思議とほとんど揺れなかった。でも位置を決めるのに手間取ってい
るみたいだ。どちらに傾けるべきか決め倦ねているようにも見える。ああ焦れったい。僕
ならもっと早くできるのに!
「…………」
 何故か僕の方がドキドキしてきた。いつ倒れてしまうのではないかと気が気でない。あ
あもう。うずうず。
「…………」
 プレッシャーに耐えきれなくなり、僕は生唾を飲み込んだ。深呼吸をする音が、やけに
部屋に響いた。それは静寂に飲み込まれたこの空間の中で、どこか艶かしくさえあった。
 その時不意に、佳奈多さんの指が10円玉から離れた。僕はその瞬間を後生忘れないだ
ろう。
 10円玉は直立したかのように見えた。佳奈多さんはその様子に満足したようで、先程
までの鬼気迫る表情はどこへやら、自慢気な顔をして僕の方を見てきた。しかし僕は佳奈
多さんの顔ではなく、10円玉に意識が吸い寄せられていた。ふらつく10円玉は、その
勢いを殺すことなく傾き始める。僕の引き攣った顔を見て事態を察した佳奈多さんも視線
を落とし、そのことに気付いて硬貨を戻そうとするがもう遅い。倒れ始めた10円玉に、
人間はあまりに無力だ。僕が何か声を上げるより早く、佳奈多さんはせめて隣の10円玉
にまで被害が及ばないようにと必死に対抗するが、所詮この1秒にも満たない時の中でで
きることなど何もない。佳奈多さんが先程立てた10円玉は、まるで狙い澄ましたかのよ
うに並立する10円玉目掛けて倒れていき、やがて巻き込むような形で全ての10円玉を
薙ぎ倒すことだろう。佳奈多さんの顔には、先程まであった生気が微塵も感じられず、た
だただ無気力と絶望だけが浮かび上がっていた。人間が努力に努力を重ね、やっとの思い
で立てた10円玉の、なんと儚いことだろうか。僕はこの遊びの本当の意味を知ったよう
な気がして、筆舌に尽し難い虚無感に嘖まれた。
「ぁっ」
 限界まで引き延ばされた時間の中で、佳奈多さんが上げた(というか「つい漏らしてし
まった」の方が正確だろうか)声だけが、やたらと耳の中で反響したようだった。
 じゃらじゃら。あまり大きくない金属音を立て、佳奈多さんの努力の結晶はただの小銭
の集合へとその姿を変えてしまう。脆くも崩落するその情景は、どこか美しくもあった。
後に残ったのは、無残にも崩れ去った10円玉の山だけだ。その中から僕は、佳奈多さん
が最後に使った硬貨を手に取った。矯めつ眇めつ眺め回し、指でぺたぺた触り、僕は彼女
の最後の選択について理解した。なるほど、これは僕も修行が足りないと言わざるを得な
い。これほどの素晴らしき硬貨がありながら、それを全くのノーマークで見過ごしてしま
うとは。
 瓦礫の山を少し退けて平坦な場所を作り、この10円玉を立ててみる。ほとんど何も考
えずに置いただけのような平易な動作で、10円玉は見事に直立した。集中なんてほんの
少しもしなかったくせに、だ。
 これじゃあ見せつけるまでもないだろう。僕は苦もなく立てた10円玉を、指で元通り
に倒した。先程まで特別な存在感を持っていた10円玉が、ただの小銭に成り下がった。
「佳奈多さんって意外と不器用なんだね」
 肩を落として項垂れる佳奈多さんに、僕はそう声を掛けてあげた。僕としては慰めのつ
もりだったのだけど、結果としてたんこぶがひとつ増えた。100円玉が案外安易に立た
ないように、この世界は結構理不尽だということを、僕はこの時高すぎる対価を払って学
んだ。






















1円玉:ウェイトの無さが難点だが慣れれば楽
5円玉:誰よりもよく転がりたがる自立移動型
10円玉:ずっしりした安定性とスタンダードな難易度がオーソドックス
50円玉:安定の悪さに定評があるわがまま仕様
100円玉:予想に反して中々安定しない孔明の罠
500円玉:最重量級の驚異的な安定の裏に潜む傾倒が地味に偏屈

(『筆者の自己分析』より






作中で登場した理樹の財布の中身について。
あれは筆者の財布の現状です。
本作を書くに当たって、財布をひっくり返してみた時に降ってきた硬貨の枚数を参考にしながら書きました。
  1円玉:33枚
  5円玉:4枚
  10円玉:41枚
  50円玉:13枚
  100円玉:9枚
  500円玉:0枚
嘘のように見えて実話です。

便利だからといって紙幣ばかり優先的に使っていったらこうなりました。
というか、自販機で飲み物買う時とか、コンビニでちょっとしたもの買う時とか、100円玉がとても重宝しますし、
そう思って紙幣をどんどん崩して100円玉を量産し、そして使っていった結果がまさにこれです。
レジで端数を探し出して出すのって意外と面倒臭いし、後ろに人が並ぶと申し訳なくなってさっさと済ませたくなるし、散々です。
10円玉は一番使いづらい気がして、もう既に100枚以上貯まってます。今更使い切れる自信もないので全て貯金箱へ。
今回の騒ぎに乗じて募金箱に一斉投下することも考えましたが、ここまで集まってしまった以上逆にもっと集めたい衝動に駆られ、
そんなこんなでどうにも気が引けてできませんでしたし。(代わりに10円玉以外で募金してきましたが



SSについてのお話。
この話に何らかの既視感がある方は、多分それであっていると思われます。
原案は某氏のリトバスSS。大して似てませんが、大本のアイディアはそこにあります。
そして書いていて「あ、これってもしかして・・・」と思い、某氏(先程とは違う方です)のリトバスSSを確認すると、やはりどこか似ているようで・・・

リトバスSSってこんなんばっかりかよ!(偏見

どっちのSSも結構好きなんで、無意識の内にやられた感じがしますが(原案の方は思いっきり意識してましたが
個人的にはこんなSSでも書けてそれなりに満足しています。
ちょっと考え方を改めたというか・・・しばらく書き上げられなかった内に(書くだけならそこそこ書いてましたが
筆者にも色々とありまして、それは良い意味でも悪い意味でも考え方などが根本的に覆るようなことでした。



このSSを皮切りに「硬貨立てパロ」という

パロディ界の一大ジャンルを築いていくよ!


(嘘次回予告
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